2019年1ヶ月間の真学校 開講の挨拶

今年もいよいよ始まりました!1ヶ月間の真学校2019!!

初日夜のウェルカムコンサートより

今年も、社会全体が大きな変革期にある中国、そして台湾からのお申し込みが相次ぎ、日本人5名、中国人3名、台湾人8名の、多彩な受講生がそろいました。昨年同様、ボランティアで通訳を引き受けてくれた5名の通訳陣のご協力のもと、日中2ヶ国語にてプログラムを提供していきます。世界が大きな行き詰まりを迎える中、例年にも増して意欲の高い受講生がそろった2019年。固定概念の枠を取り払い、新たな時代の突破口を開く1ヶ月間の旅が始まります。

開講の朝、真学校のメイン講師である「いさどん」改め「ジイジ」は、この1ヶ月間に向けて湧き出してくる想いを語りました。以下、ジイジが朝に語った開講の挨拶「予告編」と、実際に受講生に向かって語られた開講の挨拶「本番編」をご紹介します。


 

「1ヶ月間の真学校・ジイジの開講の挨拶」
―予告編・徒然なるままに真学校を語る―

木の花ファミリーのメンバーはここで暮らすことの意味を共有し大事にしているから、それにふさわしい景色を毎日出会う出来事から観ている。面白い捉え方として、世界は動いている。それは、この世界が動いて時代を刻んでいるようだが、一人ひとりが出会う出来事から観る景色は時代のほうから見せてくれているのではなく、自分が何を考え、毎日どのような生活をしているのかによって見るものを選択している。それは自分の心のフィルターを通して世界をみている状態で、たとえば怒っている人にとっては世界が怒りの原因をもたらしているように解釈できるわけだ。体の中のバランスを欠いている人は、そのアンバランスは自分の中にある原因に基づいて蓄積されてきたものである。それは世界が歪んでいるのではなく、自らの歪みが蓄積されてきた結果もたらされたものである。だから、人生においてどのような景色をみて、どのような感情を持ち、どのような人生を送るかは、どんな時でも自分次第だ。それは、自分にとって世界は自分自身を知るための鏡であるのだから、本当はこの世界に不満を言ってはいけない。

多くの人はそうやって自分のみる景色を否定していくが、世界はその悟れない人を使って物語を紡いでいる。世界が時代を創っていく時の物語を個人としての立ち位置で理解できれば、それが本当の生きる目的であり、悟るということになる。ところが今、人々は自らの思惑や精神に翻弄されて生きているので、自らが発したものを世界に映し出し、それを自分がみることによって、自分自身に溺れている状態だ。

時代は、サイクルを刻みながら大きな物語を紡いでいて、どのような時代も何かメッセージを表現しようとしている。人間はその大きなメッセージを理解できるような存在でもある。人間以外のものは時代の目的と共に忠実に存在するけれど、時代の目的を理解し、それを共に表現するような意識を持つことはない。それに対し、そろそろ人間は、自分から湧き出る精神に翻弄されるのではなく、自らの精神をコントロールし、そして時代の目的を理解することにより、それを時代と共に表現する時が来ている。それが人間の尊さの証なのである。「時代」は「時の代(シロ)」と書くように、うつろな(ロ)時の示し(シ)。その宇宙創造の根本原理と共に生きていけば、人間の存在する目的が観えてくる。現代のように、人々がお金やものやテクノロジーに溺れてしまい、人間の本当の生きる意味を見失っている状態では、生きることの本来の目的を表現することはできない。そもそも、これほど物質に偏った欲求を表現しなくても、これほど自我に囚われなくても、その情熱を合理的に向ける方向は他にもある。

それを示すために今、生きている。それをこれからの人々が表現できるように、私は今、地球生命として生きている。言葉で伝えるのは難しいから、感じてもらうために、私は今を生きている。内にある想いを人々に伝えるのはとても難しい。それと同じように、時代はその奥にある意思を人間に感じさせようとしている。そして、それが通じた時に、人々に生きることの本当の喜びが発生する。時代の意思が感じられる者として、私はその立ち位置で今、生きている。

 

「1ヶ月間の真学校・ジイジの開講の挨拶」
―本番編・徒然なるままに真学校の始まりを語る―

皆さん、こんにちは。今日初めて出会う人と何回も会っている人がいますね。今日から「1ヶ月間の真学校」が始まります。1ヶ月間は長いですか、それとも短いですか?長いとも言えますし、短いとも言えますね。そして、今日ここに16名の受講生が集まりました。皆さんは今まで別々の人生を歩んできました。私と皆さんも違いますね。スタッフもいますが、みんな違いますね。つまり、同じ人生を歩んできた人はいないということです。それを「個性」と言います。

皆さん、窓のほうを見てください。そのカーテンの向こうに森があります。そこには木があったり、草があったり、虫や動物たちがいます。木と草と動物、それから土はみんな違いますね。そしてここには空気があるのです。これも違うものです。すべて違うものなのに、そういったものはどこにありますか?ここにあります。簡単に言えば、地球にあるとも言えます。

今回、皆さんは中国や台湾、日本から来ました。国は違います。しかし、それはすべて地球上にあります。皆さんの生まれてからの歴史は違いますね。しかし、みんな地球上に生きています。そして今という瞬間を生きています。私たちは何を共有していますか?一番共有しているものは時間です。みんな、同じ時間を共有しているのです。宇宙的に言えば、私たちは地球という船に乗って宇宙を旅しています。地球が宇宙を旅しているので、私たちは時間という船に乗ることができるのです。さて、そのような話をしていくと、違うことと同じことが、実は同じ瞬間に共有されているのです。つまり、私たちは違うのに、同じ行動をたくさんしているのです。それは私たちは違うのに、同じ存在だということです。

今、時代は進み、技術やテクノロジーは進歩し、世界にものはあふれ、物理的には豊かな時代を迎えました。現代のこの豊かさは約250年前に起きたヨーロッパ産業革命から始まり、人々は自分が豊かになりたいと考えるようになりました。ですから、生活することは自分が何かを獲得して得するようにと考えるようになったのです。たとえば、宇宙の中で自分が生きていると意識している人や宇宙の中で生かされていると考える人は少なくなりました。ところが、たとえば10,000年前の時代、もしくは1,000年前の時代、人々は自然の中で生かされていました。

地球上に人類は約400万年前から住んでいます。人類誕生から徐々に人口は増え、だいたい、1年に0.5%ぐらいの割合で増えてきたそうです。ところが、約250年前にヨーロッパ産業革命が起きてから、人口は爆発的に増えたのです。たった250年ですよ。そのたった250年前から人口が急激に増えたのと時を同じくして、人間は何を考えるようになったのかというと、人間は豊かになろうと考えるようになったのです。それに対して、それまでの人間は何を考えて生きていたかというと、今を生きていました。変化する自然の中で、「今、どのように生きるのか」を一生懸命考えていました。ですから、その当時の人間たちは星と対話していました。星がどのように生きるべきかを教えてくれたのです。食べ物を得るにはどこへ行ったらいいのかを星が教えてくれました。そして、自然が今、何をしたらいいのかを教えてくれました。ですから、人が生きるということは、星や自然と共にあったのです。今も、星や自然は人間に語りかけています。

皆さんの中にはこの真学校に参加するという意志がありましたから、今ここにいますね。皆さんは、何か普通の社会で大切にされていること以外に、もっと大切なことがあるのではないかと思っていませんか?それは、現代人が星や自然と対話することを忘れてしまっていることに対して、人間は本来星や自然と共に生きる生き物だと思っている心があるからです。

今、科学やテクノロジーが進歩し、便利な時代が来ました。これから1ヶ月間をかけて、地球の現状や人間社会の状態を観ながら、私たちがどのように歩んでいくべきなのかを探っていきます。その中で、私たちが今のままで進んでいいことと、忘れてしまってもう一度取り戻さないといけないことがあります。たとえば、近代的な都市で生きている人は電気とガス・水道によって生きています。そこに地震が来てそういったライフラインが停止すれば、生きていけなくなります。しかし、たとえば木の花の暮らしというものは地震が来ても生活は継続できるのです。では、なぜ都市で暮らしている人はその生活が継続できないのでしょうか。それは、この世界と人間の在り方に何かギャップがあるからです。ですから、人間が自分の考える豊かさや願いを叶えようとした途端に人口は急激に増え、不自然が当然の生き方となり、それが豊かさだと思うようになったのです。

今、ここでその話のすべてをすることはできません。ですから、1ヶ月間をかけてお伝えしていきます。私には、そういった人間たちが本来持っていなければいけないものや忘れてしまったものを人々にもう一度思い出してほしいという想いがあります。人間たちは本当にこの生き方やこの状態で地球に存在していて、誇りを持っていられるのでしょうか?それほど遠くなく、人間は地球にとって何者であるのかを考えなければいけない時が来ます。

実は、今までのような豊かさを追求しなくても、別の道があるのです。そろそろ、私たちは今までとは違う生き方を地球上で選択しなければいけない時が来ています。今の話は人類に対しての話です。そういった情報を知識のようにして学び、社会に向けて、「人間たちはそう生きるべきなのだ」と発信するだけではダメなのです。それはなぜかというと、人類の歩みは私たち一人ひとりが歩んだ結果、積み重なってなったものだからです。この1ヶ月間にたくさんの情報を皆さんに提供しますが、それが単なる知識で終わっては意味がありません。それが皆さん一人ひとりの人生に意味あるものとして伝わり、そして真学校の後の皆さんの人生が変わることが大切です。

木の花ファミリーの暮らしや私の話はひとつの提案です。そして、日々の木の花ファミリーの暮らしとして、実際に裏付けがそこにあります。その暮らしに出会った皆さんには、どうか、皆さんにもやさしく、そして地球にもやさしい生き方をしてもらいたいと思います。1ヶ月間、今まで知らなかった人同士がここに集ってミニコミュニティを創ります。そして、この新しい出会いを通して新しい可能性を探求していきましょう。私の中にはたくさんの想いがありますが、これは1ヶ月間をかけて皆さんにお伝えしたいと思います。今は白紙にして、楽しみだけを持って、これから始めていきたいと思います。どうか、よろしくお願いします。