真実は変わる ~ 現代科学を超える宇宙物理・カタカムナ

真学校5日目は、いよいよ「カタカムナ」の講座に入ります。
カタカムナは、およそ1万3000年前に東アジアに栄えていた宇宙物理文明です。今、なぜカタカムナを学ぶのかについて、講座の冒頭にジイジが語りました。


ジイジ:
おはようございます。確かに昨日とは違うジイジです。昨日から今日までに地球は259万2000km移動しています。ここは宇宙空間です。今私の目の前にある一点は、地球と共にありますが、それは空間であり、地球が移動したらこの一点は宇宙空間に出ます。6分40秒ごとに地球1個分ずつ、私たちは宇宙空間を移動しています。たったの6分40秒で地球1個分ずつ移動しているわけですから、私たちが日常感じている感覚とは、宇宙の実体はまったく違うものです。
地球は自転しながら歳差運動をして公転するという、とても複雑な動きをしています。昔の人々は、今のように科学的に宇宙を観測し、データを持っているわけではありません。しかし、そのことを感じていました。
ガリレオは木星を観測して木星の周りを周る衛星を発見し、その観測から地球が動いていることを確信したのだと言います。当時の世の中は地球が中心であるという天動説が中心でしたが、ガリレオは地球が中心なのではなく、地球は太陽の周りを周っているのだという地動説を説きました。でも人によっては、地球は平らで、地面の下には象や亀がいて地面を支えていて、その周りを太陽や他の星々が周っているのだということが真実です。
人は、その時に自分が持っている情報と、自分が感じたことで、「これが真実だ」という答えを出したがります。それはそれでいいでしょう。何が言いたいのかというと、その時々で見えること、その時々で理解できることによって、私たちは真実を真実を決めてきたということです。ということは、真実は変わるということです。

本当の真実とは、どこにあるのでしょう。何かがわかった段階でそれが真実となり、次の真実、次の真実と移り変わっていきます。私たちはそうやって命をつなぎ、歴史をつくってきたということを、まず理解する必要があります。ですから、今からお話しするカタカムナの世界観を、現代に当てはめて、これがすべて正しいということを伝えたいわけではないのです。
今の世の中は、お金がもっとも重要な社会です。そして科学・テクノロジーが主体となって社会が成り立っています。そのことを私たちは否定できませんし、それで社会が回っていることは事実です。その中で、もしも科学者が「これが絶対だ」と考えてしまったら、それだけで答えを出していかなければならなくなってしまいます。その絶対は、10年、30年、50年前だったらいいかもしれません。けれどもそこで、地球の周りを天が回っているという世の中の説に矛盾を感じ、いや、地球自体が回っているのだ、と気付いた人がいたように、現代の科学一辺倒の考え方で今、たくさんの矛盾が世界中で起きています。

今年は、昨年に続き、なおやくんが中国語の通訳をしてくれています。なおやくんは個性的な人です。去年はもっと個性的でした。個性的で、付き合いにくい人でした(笑)。でも今、僕は今年のなおやくんを観て、なおやくんの時代が来ているな、と感じています。なおやくん自体は去年も今年も変わらないのに、今彼は爽やかに生きています。それは、なおやくんが変わったのだと周りは思うでしょう?でもなおやくんは頑固ですから、なかなか自分が変わるということはありません。つまり、なおやくんが変わったのではなく、時代が変わったのです。なおやくんに合う時代が、去年よりも1年分進んだということです。
それで僕は、なおやくんの活躍する時代が近付いてきたのだ、と感じました。かつて違和感のあった個性が、未来に道が開けると感じられるようになった。彼が必要とされるポジションがあるのです。でもお母さんから見ると、なおやくんは言わばニートでもあり、「困った子ども」なのです。
今、世の中にたくさんのニートがいます。ニートだけではなく、引きこもりもいます。それを表面的に観れば、ニートや引きこもりは社会に適応できない弱い人間で、問題だと捉えられることでしょう。しかし、僕はちょっと違う目線を持っています。
ある考え方で世の中が矛盾なく正常に動いている時は、みんながその流れで生きていけばいいでしょう。しかし、時代が変わっていく時に、時代の意思と社会の動きがずれてきたら、時代に合わせて社会は変わっていかなければいけないのです。そしてその社会をつくる人間も、変わっていかなければいけないのです。
かつて人々は、地球は平らでその周りを太陽や他の星々が周っていると思っていました。しかしある時から、いや、地球は球で、地球が太陽の周りを周っているのだと言う人々が出てきました。新しい考えが生まれる時、多くの人はそれに抵抗します。なぜ、時代は変わろうとしているのに、人間は変わろうとしないのでしょう。今もそうです。お金があれば幸せだとか、科学や物理が絶対だと思っていたり、自分や自分に近いものの幸せだけを願っている人間がたくさんいたら、時代は変わろうとしていても、社会は変わっていかないのです。

今から74年前に、大きな戦争が終わりました。そしてその後の復興の過程の中で、今の世の中の体制ができました。戦争ではたくさんの人が死に、人々はとても貧しく、辛い思いをたくさんしました。食べるものがない、着るものがない、住むところがない。そしてそれを得るために、お金がなければいけないという時代があったのです。衣食住の三つがなければ、人間は人間らしい生き方ができないと言います。それがなければ、人のものを奪ってでも生きていこうとします。そういった貧しい時代を通っていく中で、人々は、お金がそれを与えてくれるのだと思うようになりました。その時代を生きてきた人々にとって、それはとても強烈な記憶として刻まれています。そして、いつまで経っても「お金がないと生きていけない」「お金があれば幸せになれる」と考えています。それは固定概念というものです。何があっても変わらない、変化しない状態です。
古い人たちはそのようにして社会を創ってきました。みんながお金があって、住むところがあって、着るものがあって、食べることができる、「お金があれば豊か」という世界をつくってきたのです。そしてその時代の人々には、本当はこういう生活がしたい、本当は自分に合っているのはこういう仕事だ、と、自分の中に求めるものがあるにもかかわらず、生きるために、お金を得るために、本当に合うものとは別の生き方をしてきた人がたくさんいました。生きることは、我慢することだと。生きるためには、好きなことばかりやれるわけじゃない。生きるためには、自分の本当に求めるものも諦めなきゃいけない。そういう時代を生きてきた、ある意味、自分の心にウソを言って生きてきた人たちなのです。

その後のわずかな期間で時代はどんどん物質的に豊かになり、欲しいものが何でも手に入るようになりました。そして人間も、古い時代からどんどん新しい時代の人たちに切り替わっていきます。我慢して生きた人たちに代わって、我慢ではなく、本当に自分の求めることをやりたい、という人たちが出てきました。それは、古い人たちから見たらわがままに見えますね。しかし、そのわがままに見える「自分は本当はこういう生き方がしたいのだ」というものが、実は生きていく上で本当に自分に合っているものだとしたら、その人が活かされるためには、その生き方をするべきなのです。
古い時代の人たちは、自分が貧しくて苦しかったから、子どもたちにはお金やモノをたくさん与えて育てました。そういう子どもたちが育ってきて、確かに始めはわがままだったかもしれませんが、そのうちに、自分が本当に生きたい生き方はこうだ、と、見つける人たちが出てきたのです。古い時代をつくってきた人たちは、相変わらずお金がないと生きていけない、お金があれば幸せになれると思っています。その固定された考え方に対して、そうじゃない、お金のために自分の人生を無駄にしたくない、本当に人生の花を咲かせるためにはもっと別にやることがある、という人々が現れてきた現象のひとつとして、ニートや引きこもりが現れたのだと私は思っています。ですから、ニートや引きこもりは現象としてはいいことではありませんが、強い社会の固定概念を壊すためには、若者たちがそういう役割をする必要があったということです。
私は長い間、自然療法プログラムを通してそういう人たちの支援をしてきました。古い時代の人たちのことを否定しているわけでもありません。そして、ニートや引きこもりを否定しているわけでもありません。大切なのは、瞬間瞬間、その時に必要な真実は変わっていくということです。

今日はカタカムナの講座です。カタカムナ文明は、今から12900年前がピークでした。この時代の人々は、その時、その瞬間の状況を感じ取り、今を生きていました。それは何のためにかというと、生きるためです。つまり、生きるために直感が働き、瞬間を判断して生きていました。
そこには固定概念がまったくありません。変化、変化、変化、変化の連続です。宇宙を生きるとは、変化・変容・変態、つまり、変わり続けることが進化です。そしてそれが、生命力の証なのです。
現代の人々は、強烈なお金とモノの価値観に魅了されて、固定概念を持ってしまいました。そしてたくさんの矛盾が起きている現状が、見えなくなっています。だから、12900年前に戻れということではありません。瞬間瞬間を感じ取る生命力を取り戻し、現状を乗り越えていきましょうという話をしたいのです。

かなちゃん:
我慢して働いている人たちがいると聞いた時に、漫画やイラストなどの創作を仕事にしている人たちが、そういう人たちに下に見られていることを思い出しました。仕事の発注を受ける時に、あなたたちは好きなことをやっているんだからこのくらいの値段でいいでしょ、と。1年かけて用意したものがボツになっても、その1年分の労力に対する賃金は支払われません。

ジイジ:
固定概念の社会は、これは正しい、これは間違い、という固定された価値観があり、せっかく新しい若者の発想が生まれてきても、それをつぶしてしまうことがあります。ただ、もう一つ考えなければいけないのは、お金やモノを与えられて甘やかされて育ってきた結果、ただ自分のやりたいことだけをやり、わがままで生命力のない「若者」ならぬ「バカ者」もいるということです。そこを見分けなければいけません。
カタカムナは、これを学んで正解を皆さんに提供します、というものではありません。カタカムナを学ぶということは、自分の中に、瞬間を読み解く力を身に付けるということです。ただし、皆さんがこれを学んでただ知識として持ち帰っても、身には付かないでしょう。毎日の生活の中で、瞬間瞬間を感じ取り、読み解く力を身に付けていくのですから、これから一生をかけてそれを磨いていくスタートラインに立ったということです。それを皆さんにわかっていただいて、地球上のこれまでの科学を超える、ものすごく深い宇宙物理の話をします。

今の物理や化学は、実際には行き詰まっています。人々は、この世界の実体からしたらとても幼稚だと言えるロケットで宇宙を観測し、宇宙の成り立ちを知ろうとしています。しかし、宇宙は広大です。宇宙全体の広さからしたら、太陽系の太陽、水星、金星、地球、火星は、一体のような近い距離にあります。ところが私たち人間は、宇宙からしたら一体とも言える火星に行くのに、8ヶ月もかかるのです。
カタカムナを理解する能力は、人間の中にあります。こういったものを会得すると、科学的に観測しなくても、宇宙の構造が瞬間的に理解できるようになります。それから、観えないものの流れ、時の流れが観えるようになります。これから自然災害がたくさん来ますが、それはどんどん状況が変わるということです。その瞬間瞬間を感じ取り、そこを生き抜く力を身に付けるのです。
私たち生命にとって一番必要なのは、生命力です。その生命力にとって大切なものの判断を的確にできる能力を身に付ける。それは、私が皆さんの身に付けさせてあげるのではありません。皆さん自身がそれに興味を持ち、意識を集中していけば、その能力が研ぎ澄まされて上がっていくという、情報を提供しているのです。

 

 


エドからのメッセージ

昨年1ヶ月間の真学校を受講し、台湾に帰ってからも様々な活動を続けているエドより、木の花ファミリーと今年の受講生へメッセージが届きました。今回の受講生の中には、台湾でエドの主催するイベントに参加した人もいます。以下、エドからのメッセージをご紹介します!


 
親愛なるファミリーのみんなへ

みんなと一緒に暮らした時間が、まるで昨日のことのようです。僕たちは物理的には離れていても、心はいつも繋がっていることを感じています。
近い未来に更なる変化や発見に出会えることにワクワクしながら、みんなが僕たちに教えてくれたことを実践し続けています。リーエンちゃん(娘)は毎日彼女の時間を楽しんでおり、僕たちの関係や暮らしは、日々の中でより調和的になってきています。
すべてのこと、そしてみんなが恋しいです。僕たちは、みんなから台湾の地へもらった愛を伝えていきます。

 
真学校受講生の皆さんへ

真学校は、あなたの境界と自我中心の考え方を手放す絶好の機会です。
そこは、安心して、弱いところを他の人へさらけ出すことのできる、おそらく世界で最高の場所のひとつです。あなたの心からの大きな笑顔は、いつも、どれだけかの涙と挑戦の後にもたらされます。時に少し辛く感じることがあったとしても、どうぞすべての挑戦と変化の機会を楽しんでください。あなた自身をより深く探求するために、講座外の物語やレッスンがあなたを待っています。日記をつけ、他の人とシェアしてください。台湾からの参加者の方でも誰でも、みなさんの学びを僕たちと共有することはいつでも歓迎します。

木の花ファミリーの存在、そして皆さんのすべての努力と宇宙への愛に、とても感謝しています。僕たちは、心はいつも共にあります。近い将来に、また会えることを願っています。

 
〈以下原文〉

To dear family members~
All those moments living with you is just like yesterday, we are not together physically but I feel connected spiritually all the time.
We are in practice what you have taught us, excited and look forward have more breakthrough in the near future.
Liyan chan is enjoy her time almost everyday, more and more harmony found in our relationship and daily life.
Miss everything and everyone, we will pass on the love that was given from all of you to the land of Taiwan.

To Trueth school participants~
It’s great chance to let go your boundary and ego centered mindset.
It maybe one of the best place in the world to feel safe and being vulnerable to others.
The big smile from your heart usually happens after some tears or challenge.
Enjoy every challenge and opportunity to change, even feel a little hurt sometimes.
Off class stories and lessons are waiting for you to explore yourself.
Keep some diary and to share with others.
Participants from Taiwan or anyone are welcome to exchange your learning with us anytime.

Thanks and feel so grateful of your family existence, and all your effort and love to the universe.
We are always together spiritually, and hoping we will be seeing you again in near future.

 

 


この世界はフリーエネルギー ~ 世界観を広げよう

真学校3日目の講座は「世界観を広げよう」。地球の現状を観ながら、固定概念の枠を取り払い、世界観を大きく広げていく全3コマの講座です。以下は、講座冒頭のジイジのお話です。


おはようございます。
昨日から今日にかけて、地球は259万2000km移動しました。そして、移動してそこで止まるわけではなく、ずっと移動し続けています。今この瞬間も、秒速30kmで移動し続けています。
今日の講座は「世界観を広げよう」です。スライドの表紙に『時代に乗って新たな世界へスイングバイ』とあります。このことについて、今からお話しします。

私たちは今、ここで生きています。生きているということは、自分が毎日生活をして年を取っていくことだと考えています。でももう一つ、別の流れがあります。例えば、多くの人は意識していませんが、地球は常に自転と公転をしています。決して止まることなく、それを繰り返しています。もしも私たちが、重さ100㎏の荷物を自分一人で持とうとしても、持てませんね。しかし地球は、地球上の荷物を全部集めて重さがどれだけになるのかはわかりませんが、とんでもない重さの荷物をすべて乗せて、宇宙空間で回転し、公転し続けています。それをさせ続けているエネルギーがあるのです。そして私たちも、目には見えなくとも、その動きに乗って日々を生きています。

太陽はおよそ27日で自転をしています。そして2億2600万年をかけて銀河を1周します。そのような巨大なエネルギーの中に、私たちはいます。それは、時代が動いているということです。その時に、私たちもその時代の変化を感じ、一緒に動いていくことが、宇宙を生きるということなのです。
今のようなテクノロジーがなかった時代には、人々は昇る太陽を見て、その日の天気や、その年の気候がどうなるかを感じて生きていました。例えば、太平洋の南の島の人々は、羅針盤もないのに、星を見て、太陽の位置を見て、海を渡り新たな島へと向かっていきました。風を感じて、海がおだやかなのか、荒れるのかを知りました。人間の中には、そういった能力があるのです。
例えば犬の嗅覚は、人間の何万倍とも言われています。キツネや鷹の視力は、人間よりもはるかにいいです。昔、アフリカのマサイ族の人は、東京タワーの上から地上を歩いている人の顔を識別できたと言います。その人の視力は6.0だったそうです。人間は地球上の中でもっとも優れた生き物ですから、そのような他の動物たちや特殊な人々が持っている優れた能力を、本来すべての人が持っているのです。でも今の人たちは、その能力を持っていません。それは使わないからです。もしくは必要としないからです。なぜ必要としないのかというと、便利が良くなったからです。
本当は、今地球上には大変な変革の時が来ていて、人類にとって危機的な状況にあるのに、人々は今のまま進んでいてそれでいいと思っています。私たちは毎日食べ物を食べてエネルギーを得ますが、それよりも大切なのは、生命力があるかです。生命力があれば、その食べ物がどのようなものであるのかを瞬時に感じ取り、これは食べても良い、これはいけないということがわかります。生命力があれば、危険が迫っている時に、ここから先は進んではいけない、ということを感じられるようになります。今の人たちは、世の中がどんどん便利になっていったがために、自分の中にあるそういう能力を失っています。ですから人間は、地球上で最もたくさん病気をする生き物でもあるのです。

数日前、地球と火星の間にあるリュウグウという小惑星に、日本の探査機「はやぶさ2」が着陸しました。この小惑星に探査機が行くためには、地球の軌道から離れる時に、地球の公転速度より速い速度で離れなければいけません。
はやぶさ2は地球を周回しながら、一緒に宇宙を旅しています。地球の周回軌道に乗るということは、地球の公転速度で宇宙を飛ぶということです。そしてある瞬間、地球の公転エネルギーに自分の力をプラスして、地球の公転軌道から離れ、目的の小惑星へと向かうのです。その速度は、地球上の乗り物では得られません。地球の公転速度に乗るから、そのエネルギーが得られるのです。それを「スイングバイ」と言います。
これは宇宙工学の話ですから、私は詳しく話すことはできません。何が言いたいのかというと、この世界には何かしら流れがあり、巨大なエネルギーが動いているということです。そして私たちは、その中で生きているということです。もしそのエネルギーや流れを感じられたら、私たちはそれを使って生きることができるということです。

天の川銀河の誕生から138億年、地球の誕生から46億年と言われます。そして誕生からずっと、地球は宇宙空間を旅し続けています。では地球は、その燃料をどこで補給しているのでしょうか。宇宙空間にガソリンスタンドはありませんね。つまり、宇宙はフリーエネルギーなのです。宇宙のエネルギーは、動き出したら繰り返し繰り返し、はずみ車のように動き続けるのです。
実は、私たちのいるこの世界もフリーエネルギーです。毎日太陽が昇り、空気と植物が循環し、植物と動物も循環し、有限のものが無限に循環し続けています。そのフリーエネルギーの循環の中で、もしも人間が「畑から作物をとってやろう」という心で作物を育てると、肥料をやり過ぎたり、連作障害が起きたり、いろいろな問題が発生します。でも、自然界の森の木を見てください。誰も肥料をやらず、長い間ずっとそこに立っていますが、健康です。彼らは空気中の窒素と炭素をエネルギーに変え、誰も肥料をやらなくとも健康に生きているのです。
このように、私たちが認識しているよりももっと巨大な、そして無限のエネルギーの中で時代は動き、この生命世界は循環しています。

皆さんの毎日に戻りましょう。今月の生活費はいくらですか?使い過ぎてお金がないからと、臨時のアルバイトをすることもあるかもしれません。その生活はフリーエネルギーではないですね。生きることが、たくさんの計算の中にあります。でも本当は、私たちはフリーエネルギーの中で、このスイングバイの仕組みを使って生きていけるのです。
あなたの人生が今終わろうとしているとします。しかし、死んで終わりではありません。あなたの肉体は分子レベルに解体され、自然生態系の循環の中に還元されます。そして魂は、次の受け皿を求めながら、魂の本住の地に存在するのです。今生きている瞬間も、汗が出る、垢が落ちる、食べることによって排泄する、というように、変化しながら循環しているでしょう?それは、私たちが死と表現する時も同じなのです。自分を構成するものが立場を変えて存在し続けるのです。そういった意味で、この世界に死ぬということはありません。立場を変えていくだけです。

ところでジイジは、なんでそんなことを考えるようになったのでしょう。頭がヘンだからです(笑)。僕は何かを見て、好きとか嫌いとかいう反応を示すことはありません。出来事を見て反応することを条件反射と言います。例えば蹴られたら「痛い」と思うとかね。もちろんそういう回路もありますが、その思考回路で生きてはいません。
こうしてボーっとしていると、何かがポコッと、自分の中に入ってくるのです。あれ、何でこうなっているんだろう、と。それで、その入ってきたものを開けます。そうすると、自分が今まで考えたこともないようなことが、中に入っているのです。私はアカデミックな教育は受けていません。研究者でもありません。ですが、こうやって湧き出てくるものを、拒否しないようにしています。自分の考えというものに囚われないように、自分自身をフリーにしたのです。そうしたら、その時に必要な分析が湧き出すようになりました。まるきり宇宙遊泳しているような感じです。ですから、何も心配することはありません。計画することもありません。
1ヶ月間の真学校でお伝えする世界観は、そういう発想から生まれてきたものです。普通とはちょっと違う世界の捉え方に、皆さんをご案内します。

いとちゅう:
質問があります。その「ポコッ」と降りてくるものは、自分が知りたいと思っているから降りてくるのか、それとも全然関係なく勝手に降りてくるのか、どちらですか。

ジイジ:
良い質問ですね。始めの頃は、求めていないのに降りてきました。そしてその降りてきたものは、自分の世界観と違いますから、ある意味、自分を否定するものでした。しかし、よくよくその降りてきたものを分析すると、そちらの方がはるかに優れているのです。だから、そちらの方に興味を持って生きるようにしました。そうすると何が起きるかというと、今までの自分を否定することになるのです。
僕は5月で68歳になります。その、自分とは違う考えが降りてくるようになったのは、30歳の頃の話です。そうなってから2年くらいの間は、一人になるといつも泣いていました。降りてくる優れたものを受け取ることは、当然のことです。しかしそれを受け取るのと同時に、自分を捨てなければいけない。その時に、道理に沿っていない自分に執着があり、それが辛くて一人になると泣いたり、自分で自分の頭を殴ることもありました。
知らない人からすれば、どちらもあなたでしょう、と思うかもしれませんね。でも明らかに、片方は今までの自分だという認識があるのに、もう一方は今まで考えたこともないようなものが降りてくるのですから、始めは別のものでした。その別のものを受け取ろうとして、2年間辛い思いをして、気付いたのです。無駄な抵抗はやめよう、と。結局は優れた方を選ぶ自分がいるのであれば、無駄な抵抗はやめて、その降りてくるものに従おうと思いました。その時に私の中で、自我を優先することを卒業しました。それからです。時代を観て、時代の流れに沿うようになったのは。この世界には様々な流れがある。その流れに沿うことが大切であり、それが人生をスムーズに生きることだと気付いたのです。

もうすぐ「人格を学ぶ講座」が始まります。そこでは皆さんの人格や人生観を分析します。例えば天命。あなたがこの世界に生きる意志と、この世界がなぜあなたを生み出したのかという、両方を観ます。その時に、あなたが持っていていい人格と、持っていては問題を起こす人格とがあるのです。それを仕分けられる自分になる必要があります。だから私は、持っていては流れを悪くする人格を捨てることにしたのです。その自分が出てくるたびに捨てるのです。そして、そのうちに出てこなくなりました。
そうすると、上から勝手に来るものを受け取って、自分の中の不要なものを捨てていく作業から、今度は「これについてどう思いますか」と上に質問をするようになりました。すると、答えが返ってきます。そして、対話するようになりました。
今は、対話しません。私は私という単独のものであり、世界は、私の器です。その器全体をひとつの体としたならば、私と器が対話をすることは、ちょうどこの指の爪と私が対話しているようなものです。この爪は、何かの役割があってこの爪のポジションにいるだけで、全体の一部なのです。ですから、その一部から、全体を認識することができるわけです。
宇宙の中に生きるということは、自分は自分自身であると同時に、宇宙全体なのです。その中で、宇宙を忘れて自分だけのことを考えていたら、あなたの世界はそれだけの狭さです。そうやって自分のことばかりを考え、全体の仕組みから外れれば、矛盾が生まれ、病気になったり、問題ごとに出会うようになっています。ですが、もしこのほんの小さな自分が世界全体に意識を向けていたら、世界全体のエネルギーや仕組みが、自らの中に湧いてくるのです。例えば私たちがインターネットを使う時に、問題のあるサイトにアクセスするのか、優れたサイトにアクセスするのか、自分の興味が何に向いているかによってアクセスする先が変わります。それがあなたの世界観であり、そのあなたの興味によって、この世界がつくられています。もしも世界観を広げたければ、今の自分が観ている世界の枠を、壊すことです。

私たちの体の中に、自我があります。自分の体という枠に、自分というエゴが閉じこもっています。それを「囚われ」と言います。「囚」という字は、枠の中に人が入っていますね。しかしその枠を開いて「門」にし、天から降りてくる法則やエネルギーを自分に入れると、それは「閃き」になります。自分の意志でそれを受け取りますよ、と、門を開くのです。

天から降りてくる意思と、自らの意志の門を開けておく。その「門」の中にいる「人」も、枠の中にいる「人」も、同じ自分です。しかし門を開ければ「閃き」になります。「囚われ」は自分の頭で考え、自分を守っている状態です。「閃き」はすべてオープンです。

今、私たちは言語を使ってコミュニケーションを取ります。ですから言葉のルールを守らなければ、何を言っているのか相手にはわかりません。
13000年前のカタカムナ人の時代は、まだ言葉が十分に発達していませんでした。その時に彼らは、響きで会話していました。音のひとつずつに意味があり、その音を使って通じ合っていました。現代人はとても難しい言語を使い、複雑なことをやりますが、本質はつかめていないのかもしれません。

ジイジが言おうとしていることには、何となく新しい世界があると感じませんか?これを、言葉で伝えるのは、とても難しい。それでも、なぜジイジがこんなにも熱心に皆さんに伝えるのかというと、それはとても大切なことだからです。皆さん一人ひとりにとってもとても大切なことですが、これからの人類にとっても大切なことです。
私たちは、囚われたエゴの自分で生きていくこともできますが、それでは人としてこの世界に生まれた価値がありません。優れた人とは、時代と共に、世の中のために、自らを生かした人です。時代はすでに、一人ひとりが優れた人として目覚める時代に入っているのです。

そのような視点のもとに、この「世界観を広げよう」というプレゼンに入ります。この講座では地球の現状に触れていきますが、今、地球上にはあまりにも問題がありすぎて、挙げ始めたらきりがないのです。さらに新しい問題がどんどん出てきて、とても紹介しきれないほどです。でも、だからと言って、それに麻痺してしまってはいけません。そしてその解決策は、その問題をつくってきた私たち自身が、自分の心を観るということです。それがこの世界に対して私たちがすることができる、もっとも実現可能なことです。
皆さんも、いつか必ず死を迎えます。その旅立ちの時に、優れた人生を生きた魂として誇りを持って旅立てるかどうか。人間は、自分の受けた被害には着目しますが、事実私たちは今、何の抵抗もしない他の動物達や自然界に負荷をかけている、加害者なのです。

それでは、地球の実態を観ていきましょう。

 

Source of photo: JAXA

 


幸せは「すでにある」〜 木の花ファミリー総合プレゼンテーション

開講から一夜が明け、1ヶ月間の真学校の講座第1号となるのは「木の花ファミリー総合プレゼンテーション」。講座は、ジイジのこんなお話から始まりました。


昨日も、この同じ講義室で、皆さんに開講の挨拶をしました。さて、この場所は昨日と同じ所にあるでしょうか?同じ場所にあると思う人!(受講生数名が手を挙げる。)
住所は同じですよ。日本の富士宮市にあります。では、昨日とは違う場所にあると思う人!(数名が手を挙げる。)おお。では、違うと思う理由を教えてください。(受講生:私たちはみんな、地球という船に乗って宇宙を移動しているから。)なるほど。では、違う考えの人はいますか?(受講生:心が違えば観えるもの、感じるものが変わってくる。)それは、場所は同じ所にあるということですか?(受講生:そうです。)
今、僕はなぜこの話をするのかというと、それがこれから1ヶ月間の探求の基本になるからです。

昨日の皆さんと今日の皆さんは違いますか?同じと思う人!(数名が手を挙げる。)では違うと思う人。(数名が手を挙げる。)では違うと思う人は、なぜ違うと思うのですか?(受講生:この世界はその時その時で変化し続けるから。)では、何が変化するのでしょう?(気持ちが変化しています。)なるほど。気持ちというのは揺れ動くものですね。それは進んだり、戻ったりします。でもそれは、外から見てわかりにくいですね。もっと物理的にわかりやすいところで、昨日と今日は変わっていませんか?(食べ物が変わっているから体の中が変わっている、髪の毛が抜けたり伸びたりしている、という声が上がる。)そうですね。例えば、垢が自分の皮膚からはがれ落ちるのも、昨日より今日はリニューアルしているということです。
去年から今年にかけて、あなたは1歳年を取りました。1日が経つということは、1日分年を取るということです。それを365回繰り返すと、1歳年を取ることになります。さて、これは止まることはあるでしょうか?止まったことがある人はいますか?止まらないですね。なぜだと思いますか。なぜ時間は止まらないのでしょう ──── そうです。地球が動いているからです。では、逆に戻ることはあるでしょうか。それもありませんね。

私たちがいるこの世界は、止まりません。では時間だけが留まらないのかというと、場所も移動しています。動くということは、変化するということです。私たちのいるこの場所は常に移動し続け、決して止まらず、変化し続ける、変化、変容、変態の世界です。
先ほどまで、この場所は暗かったですね。でも今は日が出て、明るくなりました。あと3時間後には太陽の位置がさらに高くなって、お昼が来ます。これはなぜかと言うと、地球が回転しているからです。地球は24時間をかけて1回転をします。回転するということは、私たちが今いるこの場所は移動しているということです。1回転することで1日が経ちますね。それを365回繰り返すと、1年が経ちます。そして地球はその1年の間に、太陽の周りを1周します。その時、太陽は止まっていますか?(受講生:止まっていない。)ではどのように動いていますか?(受講生:銀河を周っている。)そうですね。地球の動き方と太陽の動き方は、少し違います。それについては明日から詳しくお話しします。いずれにしても、太陽は宇宙空間を移動しています。地球が太陽の周りを周っているように、太陽も銀河の中心の周りを周っているのです。そして地球は、そのように宇宙空間を移動し続ける太陽の周りを周りながら、一緒に宇宙を旅しているのです。

地球の自転の速度は、赤道上で秒速468mです。音速は、環境によっても変化しますがおよそ340mです。それがマッハ1ですね。マッハ1は、戦闘機の早さです。地球はそれよりもさらに速い速度で回転しています。想像してみてください。その速さで回転していることを感じますか? ──── 私は感じるのです。その速さで回転しながら、太陽の周りを公転しています。では公転の速度はどれだけかと言うと、秒速30kmです。1秒間に30kmですから、およそマッハ90です。地球上にそんな乗り物はありません。では、1日で地球はどれだけ移動しているでしょう?秒速30km×60秒×60分×24時間=259万2000kmです。それだけの距離を、地球は1日で移動しています。
今私たちがいるこの建物とこの土地は、木の花ファミリーのものです。それは、人間が決めたことです。そして地球上の話です。しかし宇宙空間的には、この場所は固定されておらず、誰のものでもありません。今から1万年前、今のような社会の仕組みがなかった時代には、この土地も誰のものでもありませんでした。人々は狩猟採集をして生きており、どこででも獲物を獲ったり、木の実を拾ったりしてもよかったのです。今は、人の土地に勝手に入って獲物を獲ったり木の実を拾えば、不法侵入になります。しかし本来は、誰のものでもないのです。

私たち人類は、他の生きものにも自然にも宇宙の星々にも何の断りもなく、いつの間にか勝手にルールを作り、その枠の中で生きています。そのルールは、人間の枠の中だけのことです。なぜ人間にはそんな権利があるのでしょう。もしくは、あなたはあなただけのルールを持ってませんか?朝はいつもこうするとか、食べ物はこうでなくてはならないとか、自分だけの決め事をつくり、その中に自分を閉じ込めていませんか?
人間は知らない間にたくさんの決め事を自らに課しています。この土地は木の花ファミリーのものですが、それは日本の社会の中だけで通用する話です。この場所は宇宙的には、秒速30kmで移動しています。そしてあなたという人も、瞬間瞬間変化しています。お母さんから分かれてオギャーと生まれた瞬間から確実に年を取り、死に向かっています。始めはお母さんから栄養をもらっていましたが、そのうちに自分でご飯を食べるようになり、不要になったものを排せつして、瞬間でも同じ状態でいることはありません。しかし今の人間は、変化し続ける世界にいることを忘れて自分でたくさんのルールを作り、その中に自らを閉じ込めているのです。
変化、変容、変態し続けるこの世界には、物理的変化、時間的変化、そしてサイクルの変化があります。かつて人間たちは地球上で原始的な暮らしをしていました。始めは狩猟採集をしていましたが、やがて農耕が始まって定住をするようになり、社会を創るようになりました。そして様々な文明が生まれ、その文明は技術革新をもたらしました。人間は自然を研究し、自分たちの生活しやすいように自然を変えていきました。そして自然が自分たちの都合のいいようになることが、豊かさだと思ってきたのです。

誰も、「不幸になりたい」と思って毎日を生きてはいません。例えば自殺をする人がいますが、それは不幸になりたいからでしょうか?
僕は、心の病を抱える多くの人々に出会ってきました。その人たちは、今の自分の状態を不幸だと思っています。では何が不幸なのかというと、自分の思うように良くなりたいけれどなれない、ということです。しかしその「良くなりたい」という想いが自分の都合だけを考えた「良くなりたい」では、良くはなりません。それはわがままや自分勝手ですから、その考えではうまくいかないようになっています。しかしそのことがわからないと、自分を幸せにしようとして何度でもわがままを通そうとします。それをやり続けるとどんどん問題が起きますから、どこかで「自分に問題があるのでは」と思うのですが、自分に問題があると思いたくない人はわがままをやり続け、結果的に、幸せを求めているはずなのに、自分の行いが自分を不幸にしていくのです。
そうすると、生きることが辛くなります。生きることが辛いということは、自分を幸せにするためにはどうしたらいいでしょうか?そう、生きるのをやめればいいですね。それが自殺です。

人間はみんな、幸せを願っています。しかし、幸せの方向をどこへ求めているのかによって、幸せを求めているはずなのに不幸にもなっていくのです。人間は幸せになるために、科学技術を発達させ、豊かな世界をつくろうとしてきました。それは、幸せを「獲得しよう」とする姿勢です。
ジイジ的幸せとは、「すでにある」のではないか、ということです。毎日太陽が昇り、約束通りに時間が経ち、季節がめぐり、自然は食べ物などの恵みを与えてくれます。今の状態で固定しているのではなく、いつも変化、変容、変態を繰り返しながら、人というのは人生を豊かに旅するようになっているのです。自然の生きものはみんな、そうやって生きています。自然界で動物が「不幸だな」と言って自殺しようとしているのを見たことがありますか?人間はとても高度で、いろいろなことをやりますが、不幸をたくさんつくる生き物でもあるのです。

今は2019年です。地球的には、大きな変化の時代に入りました。AIが台頭し、何を食べたらいいか、どんな服を着たらいいかということも、AIが教えてくれる時代がやって来ました。年を取って介護が必要になれば、AIが介護してくれます。人間社会には様々な問題が起き、その問題によって経済効果がもたらされ、人々はお金があって豊かになれば幸せになると考えています。それが社会の幸せであり、個人の幸せであると考えています。
しかし少し違う角度、たとえば自然や、宇宙の天体の仕組みから考えてみると、現在の地球上の人間たちの営みは、極めて異物です。人間社会は、表面的にはさらなる経済発展を求めています。しかし宇宙的、もしくは地球環境的に観れば、これ以上経済発展をしてはいけない状態にいます。早ければ、あと10年後には夏に北極の氷がすべて溶ける可能性があると言われています。そういったことが今、急激に地球上に起きています。それは、産業革命以降の250年ほどの間に人間たちが求めてきたことの結果です。
ヨーロッパ産業革命は、西洋型の経済発展をもたらしました。今ここにいる私たちは、東洋の国の人々です。現代は西洋型の社会が熟し、問題がたくさん起きているのですから、時代は切り替えの時に来ています。これから、東洋型の思想が世界に必要な時代になります。しかし現実には、中国も台湾も日本も、西洋の考え方に汚染されています。今の経済発展の考え方は西洋型であり、20世紀型のものです。しかし元々、日本なら自然との共生、中国なら人の生き方の哲学というものを、私たちは伝統的に持っています。
今、明らかに宇宙的にも地球的にも、西洋型の経済発展を求める価値観が変わらなければいけない時に来ています。けれども、モノが欲しい、カネが欲しいと欲で固まってしまっている人間たちは、そのことになかなか気付けません。

今ここにいる人々は、何か、「本当に大切なのはお金ではないのではないか」「技術だけでは人は幸せになれないのではないか」と思っているから、ここに来たのでしょう?その中にも、だいぶ古い人と、ちょっと古い人がいますが、もうすでにピカピカの新しい人たちも生まれてきています。今の子どもたちは、これから地球と共生する生き方をするようになります。ですから日本でも中国でも台湾でも、若い人たちがただモノを求めるだけの暮らしをしなくなってきました。そして新しい発想をするようになってきました。それを宇宙人的発想と言います。そしてモノにこだわるよりも、精神性に興味を持つようになってきました。
その時に、ちょっと古くなった私たちは何をしたら良いのでしょう?今のままでは地球の問題を遺産として新しい人たちに残すことになります。ここに20代の人はいますか?(2人が手を挙げる。)この人たちは、今の子どもたちと次の社会を創っていく人たちです。他の人たちは、自分たちが作ってきた負の財産をきれいにしていく責任があります。それを自分が生きていく上での責任として、考えていく時代が来ているのです。
一番言いたいことは、今地球的にも、人間の社会的にも、大変革が起きているということです。木の花ファミリーは、そういったことを感じている人たちが集まり、次の社会をどのようにしたらいいのかという見本を生きているのです。

それでは、その暮らしのプレゼンテーションに入ります。

 

 

 


2019年1ヶ月間の真学校 開講の挨拶

今年もいよいよ始まりました!1ヶ月間の真学校2019!!

初日夜のウェルカムコンサートより

今年も、社会全体が大きな変革期にある中国、そして台湾からのお申し込みが相次ぎ、日本人5名、中国人3名、台湾人8名の、多彩な受講生がそろいました。昨年同様、ボランティアで通訳を引き受けてくれた5名の通訳陣のご協力のもと、日中2ヶ国語にてプログラムを提供していきます。世界が大きな行き詰まりを迎える中、例年にも増して意欲の高い受講生がそろった2019年。固定概念の枠を取り払い、新たな時代の突破口を開く1ヶ月間の旅が始まります。

開講の朝、真学校のメイン講師である「いさどん」改め「ジイジ」は、この1ヶ月間に向けて湧き出してくる想いを語りました。以下、ジイジが朝に語った開講の挨拶「予告編」と、実際に受講生に向かって語られた開講の挨拶「本番編」をご紹介します。


 

「1ヶ月間の真学校・ジイジの開講の挨拶」
―予告編・徒然なるままに真学校を語る―

木の花ファミリーのメンバーはここで暮らすことの意味を共有し大事にしているから、それにふさわしい景色を毎日出会う出来事から観ている。面白い捉え方として、世界は動いている。それは、この世界が動いて時代を刻んでいるようだが、一人ひとりが出会う出来事から観る景色は時代のほうから見せてくれているのではなく、自分が何を考え、毎日どのような生活をしているのかによって見るものを選択している。それは自分の心のフィルターを通して世界をみている状態で、たとえば怒っている人にとっては世界が怒りの原因をもたらしているように解釈できるわけだ。体の中のバランスを欠いている人は、そのアンバランスは自分の中にある原因に基づいて蓄積されてきたものである。それは世界が歪んでいるのではなく、自らの歪みが蓄積されてきた結果もたらされたものである。だから、人生においてどのような景色をみて、どのような感情を持ち、どのような人生を送るかは、どんな時でも自分次第だ。それは、自分にとって世界は自分自身を知るための鏡であるのだから、本当はこの世界に不満を言ってはいけない。

多くの人はそうやって自分のみる景色を否定していくが、世界はその悟れない人を使って物語を紡いでいる。世界が時代を創っていく時の物語を個人としての立ち位置で理解できれば、それが本当の生きる目的であり、悟るということになる。ところが今、人々は自らの思惑や精神に翻弄されて生きているので、自らが発したものを世界に映し出し、それを自分がみることによって、自分自身に溺れている状態だ。

時代は、サイクルを刻みながら大きな物語を紡いでいて、どのような時代も何かメッセージを表現しようとしている。人間はその大きなメッセージを理解できるような存在でもある。人間以外のものは時代の目的と共に忠実に存在するけれど、時代の目的を理解し、それを共に表現するような意識を持つことはない。それに対し、そろそろ人間は、自分から湧き出る精神に翻弄されるのではなく、自らの精神をコントロールし、そして時代の目的を理解することにより、それを時代と共に表現する時が来ている。それが人間の尊さの証なのである。「時代」は「時の代(シロ)」と書くように、うつろな(ロ)時の示し(シ)。その宇宙創造の根本原理と共に生きていけば、人間の存在する目的が観えてくる。現代のように、人々がお金やものやテクノロジーに溺れてしまい、人間の本当の生きる意味を見失っている状態では、生きることの本来の目的を表現することはできない。そもそも、これほど物質に偏った欲求を表現しなくても、これほど自我に囚われなくても、その情熱を合理的に向ける方向は他にもある。

それを示すために今、生きている。それをこれからの人々が表現できるように、私は今、地球生命として生きている。言葉で伝えるのは難しいから、感じてもらうために、私は今を生きている。内にある想いを人々に伝えるのはとても難しい。それと同じように、時代はその奥にある意思を人間に感じさせようとしている。そして、それが通じた時に、人々に生きることの本当の喜びが発生する。時代の意思が感じられる者として、私はその立ち位置で今、生きている。

 

「1ヶ月間の真学校・ジイジの開講の挨拶」
―本番編・徒然なるままに真学校の始まりを語る―

皆さん、こんにちは。今日初めて出会う人と何回も会っている人がいますね。今日から「1ヶ月間の真学校」が始まります。1ヶ月間は長いですか、それとも短いですか?長いとも言えますし、短いとも言えますね。そして、今日ここに16名の受講生が集まりました。皆さんは今まで別々の人生を歩んできました。私と皆さんも違いますね。スタッフもいますが、みんな違いますね。つまり、同じ人生を歩んできた人はいないということです。それを「個性」と言います。

皆さん、窓のほうを見てください。そのカーテンの向こうに森があります。そこには木があったり、草があったり、虫や動物たちがいます。木と草と動物、それから土はみんな違いますね。そしてここには空気があるのです。これも違うものです。すべて違うものなのに、そういったものはどこにありますか?ここにあります。簡単に言えば、地球にあるとも言えます。

今回、皆さんは中国や台湾、日本から来ました。国は違います。しかし、それはすべて地球上にあります。皆さんの生まれてからの歴史は違いますね。しかし、みんな地球上に生きています。そして今という瞬間を生きています。私たちは何を共有していますか?一番共有しているものは時間です。みんな、同じ時間を共有しているのです。宇宙的に言えば、私たちは地球という船に乗って宇宙を旅しています。地球が宇宙を旅しているので、私たちは時間という船に乗ることができるのです。さて、そのような話をしていくと、違うことと同じことが、実は同じ瞬間に共有されているのです。つまり、私たちは違うのに、同じ行動をたくさんしているのです。それは私たちは違うのに、同じ存在だということです。

今、時代は進み、技術やテクノロジーは進歩し、世界にものはあふれ、物理的には豊かな時代を迎えました。現代のこの豊かさは約250年前に起きたヨーロッパ産業革命から始まり、人々は自分が豊かになりたいと考えるようになりました。ですから、生活することは自分が何かを獲得して得するようにと考えるようになったのです。たとえば、宇宙の中で自分が生きていると意識している人や宇宙の中で生かされていると考える人は少なくなりました。ところが、たとえば10,000年前の時代、もしくは1,000年前の時代、人々は自然の中で生かされていました。

地球上に人類は約400万年前から住んでいます。人類誕生から徐々に人口は増え、だいたい、1年に0.5%ぐらいの割合で増えてきたそうです。ところが、約250年前にヨーロッパ産業革命が起きてから、人口は爆発的に増えたのです。たった250年ですよ。そのたった250年前から人口が急激に増えたのと時を同じくして、人間は何を考えるようになったのかというと、人間は豊かになろうと考えるようになったのです。それに対して、それまでの人間は何を考えて生きていたかというと、今を生きていました。変化する自然の中で、「今、どのように生きるのか」を一生懸命考えていました。ですから、その当時の人間たちは星と対話していました。星がどのように生きるべきかを教えてくれたのです。食べ物を得るにはどこへ行ったらいいのかを星が教えてくれました。そして、自然が今、何をしたらいいのかを教えてくれました。ですから、人が生きるということは、星や自然と共にあったのです。今も、星や自然は人間に語りかけています。

皆さんの中にはこの真学校に参加するという意志がありましたから、今ここにいますね。皆さんは、何か普通の社会で大切にされていること以外に、もっと大切なことがあるのではないかと思っていませんか?それは、現代人が星や自然と対話することを忘れてしまっていることに対して、人間は本来星や自然と共に生きる生き物だと思っている心があるからです。

今、科学やテクノロジーが進歩し、便利な時代が来ました。これから1ヶ月間をかけて、地球の現状や人間社会の状態を観ながら、私たちがどのように歩んでいくべきなのかを探っていきます。その中で、私たちが今のままで進んでいいことと、忘れてしまってもう一度取り戻さないといけないことがあります。たとえば、近代的な都市で生きている人は電気とガス・水道によって生きています。そこに地震が来てそういったライフラインが停止すれば、生きていけなくなります。しかし、たとえば木の花の暮らしというものは地震が来ても生活は継続できるのです。では、なぜ都市で暮らしている人はその生活が継続できないのでしょうか。それは、この世界と人間の在り方に何かギャップがあるからです。ですから、人間が自分の考える豊かさや願いを叶えようとした途端に人口は急激に増え、不自然が当然の生き方となり、それが豊かさだと思うようになったのです。

今、ここでその話のすべてをすることはできません。ですから、1ヶ月間をかけてお伝えしていきます。私には、そういった人間たちが本来持っていなければいけないものや忘れてしまったものを人々にもう一度思い出してほしいという想いがあります。人間たちは本当にこの生き方やこの状態で地球に存在していて、誇りを持っていられるのでしょうか?それほど遠くなく、人間は地球にとって何者であるのかを考えなければいけない時が来ます。

実は、今までのような豊かさを追求しなくても、別の道があるのです。そろそろ、私たちは今までとは違う生き方を地球上で選択しなければいけない時が来ています。今の話は人類に対しての話です。そういった情報を知識のようにして学び、社会に向けて、「人間たちはそう生きるべきなのだ」と発信するだけではダメなのです。それはなぜかというと、人類の歩みは私たち一人ひとりが歩んだ結果、積み重なってなったものだからです。この1ヶ月間にたくさんの情報を皆さんに提供しますが、それが単なる知識で終わっては意味がありません。それが皆さん一人ひとりの人生に意味あるものとして伝わり、そして真学校の後の皆さんの人生が変わることが大切です。

木の花ファミリーの暮らしや私の話はひとつの提案です。そして、日々の木の花ファミリーの暮らしとして、実際に裏付けがそこにあります。その暮らしに出会った皆さんには、どうか、皆さんにもやさしく、そして地球にもやさしい生き方をしてもらいたいと思います。1ヶ月間、今まで知らなかった人同士がここに集ってミニコミュニティを創ります。そして、この新しい出会いを通して新しい可能性を探求していきましょう。私の中にはたくさんの想いがありますが、これは1ヶ月間をかけて皆さんにお伝えしたいと思います。今は白紙にして、楽しみだけを持って、これから始めていきたいと思います。どうか、よろしくお願いします。